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3月11日(金) 地震当日 Part2
■ Part1はこちら

他にも会社やマンションから非難してきた人たちが
そこら中に見受けられました。

途中、ひとつのスーパーの駐車場に車を止めて歩いて見に行ってみましがた
やはり営業はしておらず、付近を歩いたら
そのスーパーの壁には大きな亀裂が入ってました。

わたしは地震が発生した場所が比較的被害が少なかったため
揺れはすごかったけど、そこまで緊急性を感じてなかったんですが
こういう惨状を見るにつけ、段々といつもと被害が違うなと
感じ始めてきました。

一旦10分ぐらいそこに車を停めたままナビで
ニュースを見て、初めて映像で地震情報を見てました。
この時もまだ津波などについては知らなかったはず。

その後、また家に向かいつつ途中の店をしらみつぶしにみていきましたが
どこもやってなかったため、半分あきらめてましたが
最後に通りがかった一番最後の近所生協に
人や車が集まっていて営業してるっぽい雰囲気だったので寄って見ました。

店内には人があふれ、棚が倒れて散乱している商品などがあるものの
自家発電の電気システムを備えてたらしく、店内は明るく
混乱の中でも営業されているような状態でした。

すでに多くの人がいたため、水や調理せずに食べられるような物は
なくなっていたものの、お茶やお菓子類なんかはまだ多数残っていました。

とりあえず、500mのお茶やポカリなどの飲料をカゴに入れ
パンや総菜を見に行ったけど全然ないので、おかしやカップラーなど
食べ物系をゲットしました。

しかし、普段買いものする時って 誰でもそうだと思いますが
自分にとって必要なものや好きなものを買っていくのに
突然の地震でまだそこまでひどい状況だとも認識してなかったせいもあって
急に緊急用に買い込めと言われても
飲み物食べ物以外、いまいち何をそろえたらいいかわからない状態でした。

酒コーナーはワインなどが割れまくって匂うし
天井についてたガラスのオブジェクトが落ちて割れてました。

レジはひとつしか稼働してないような感じで
見た事もない行列になってましたが、とりあえず並びました。

並びつつも、なんかこんな大地震で非日常な状況なのに
自分を含めたみんなが、当たり前のように並んでお買いものしてる事に
ギャップを感じつつも、すごいことだなと思いました。

あと、こんな地震の中なのに店員さんが普通に店員さんを演じてることも
すごいと思った。

地震直後という事もあって、最近のように一人何点までなどの
制限がまだついてなく、レジに並んだ一人ひとりが
欲しいモノを欲しいだけ買いこむような状態でしたので
一人ひとりの清算に時間がかかっていることも
大行列に拍車をかけている感じでした。

ずーっと並びつつも、なにかほかに買うものはないか考えてたりしました。

後ろには母子二人で並んでる人がいて
並んでいる途中でも あれ取ってこい 的なノリでいろいろ集めてて
二人連れはいいなーと思い、携帯で弟を呼ぼうかと思ったけど
車に携帯忘れてた(ノ∀`)アチャー

しょうがないので、そのままずっと並び続ける。
途中で他のレジも動き始めたみたいですが、一度並んでそれなりに
時間が経った列なので誰も動かない(動けない)状態。

そのまま長い時間その列でまって、他のレジが見えるあたりまできたら
普通にそっちのレジの方が4人ぐらいずつしか並んでなくて
結果的には完ぺきに負け組な感じだったけど
あの状況で並び直すという選択は誰も考えられないと言った感じだった。

あとから来た人の方が、あまり買えるようなものがなかったせいもあって
よけいに他のレジの回転も速かったようにも感じました。

並んでる時に、水は出るけど赤茶けて飲めない状態 とか
やはり周りは停電の状態とか、いろいろ近所の情報収集は出来ました。

4時半前ぐらいからレジにずっとならんでたけど
全然進まず、停電ということで日がある明るいうちに自分の部屋を見たかったので
途中からは結構やきもきしてました。

だいたい、1時間ほどならんで清算を終えました。
みんなレジのでいつも通り、生協のポイントカード的なものを出したりしてて
なにこの日常 って感じで軽く笑えたw

その後すぐに実家に向い、買ったものを渡し、軽く実家の状況を確認。

台所ではオカンが割れた皿などを掃除してました。
お気に入りの皿などが割れたらしく、ちょとへこんでた。

2階は買ったばかりの本棚が完全にぶっ壊れてて
各部屋が物が散乱してゴミ屋敷みたいになっててすごかった。

倒れないようにツッカエ棒のようなもので天井と棚を抑えてたものは
効果があって倒れてなかったものの、天井部分のほうが耐えきれずに
棒で抑えてた部分の天井に穴があいててわらたw

その後、まだギリギリ明るいうちに自分の家のほうへ。
入って見たら、第一印象は予想してたより普通。

ワイングラスが割れてたけど、ちょうどシンクの中に落ちて割れてたし
他にもイロイロ食器など落ちてたけど、割れてたのはそれだけでした。

あとは、テレビの横に縦置きしてたPS3が
テレビ台の上から落っこちてたのと
本棚からいくつか本が落ちてただけでした。

下手したらテレビが落っこちてぶっ壊れてるかと思ってたので
ホッとした。

引っ越し直後で物が少なめだったのも幸いしたようです。

乱れた部屋を軽く整理しつつ、日の入りが近くすぐ暗くなってきたので
明るいうちに使えそうなものを集めました。

ナイナイのANN聞きたくて買ってたラジオと
自転車用の電灯、あとラジオも聞ける懐中電灯などがありました。
あとは身の回りの物を一通りそろえて
実家のほうへ行きました。

日も落ち、停電なので当然のように全てが真っ暗で
実家の台所でロウソクの光でみんなで、地震発生時の状況などについて語ってました。

以前使って物置にしまっていた 灯油だけで動くストーブ
が出されていて比較的部屋は暖かい状態でした。

この灯油ストーブが停電していた間は大活躍でした。

暖をとれるのはもちろん、良く山小屋とかにありそうな
ヤカンを上において温められるような感じなので
お湯も沸かせるし、フライパンで料理までできちゃう万能っぷり!

ラッキーな事に、地震直後にちょうど灯油の車での移動販売がきたらしく
燃料も確保できてました。
ちなみに、販売にきてた人は運転してたせいか地震に全然気づいて
なかったらしいw

ちょうど前日あたりにシチューを作ってたのもあって
ストーブの上でそれを温めて
停電状態ながら、普通に暖かいモノを食べれていました。

食べ終わるとすることないので、電灯付きラジオは実家において
わたしは自分の家に戻りました。

戻る前に車の中でちょっとテレビで情報集してましたが
バッテリーが上がるのも怖いので、ある程度みたら部屋に戻りました。

改めて真っ暗な中で、電気が使えない事の不便さを感じつつ
することもないし寒いので布団にくるまってひたすらラジオを聞いてました。

両親は、1978年に起きた宮城県沖地震も体験していて
その時も電気水道ガスと全て止まったらしいけど
電気は結構早く復旧したと言っていたので
今日我慢すれば明日には停電は直るだろう

ぐらいにこの時はまだ楽観視していました。

初日はたしか深夜1時ぐらいには眠りにつきました。

被災地に物資を運んでるDQNさんがかっこよすぎる件
素直にスゴイと思うし、この行動力は尊敬できる。

台湾「日本を助けて!」 → 21億円の募金あつまる
自分の中で、台湾の好感度がうなぎ上り。
あの小ささで考えられない額ですね。

日本ユニセフ協会「震災義援金は全額使わず、アフリカとかに回すからw」
ユニセフくずすぎ! ふざけんな
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